【育成】ひとを「育てる」とは「承認」することじゃないか

自分の中に

「育成」とは「教える」こと

だという思い込みがある事に気づいた。
でもそれは違ったなと。

「育成」とは「承認」だ!

(๑•̀ㅁ•́๑)✧キリッ!

無理矢理でもいいから「教えちゃえ」ば、その人は変わっていくだろうと。

それもまあ0%ではないけど、
結局それってこっちのワガママになりやすい。

相手のペースで
相手の言葉で
相手に気づかせる

足りなければ

相手の欲しい知識や
相手の欲しいものを
相手の言葉を使って
渡す

知識を与えるかどうか、よりも
知識を受け取るかどうか、が重要
だと。

そうなると
整理して、元気づけて、勇気づけて

本当にやりたいことはこれだ
自分にもできる
第一歩はこれをやる

という流れが常に必要なんだなと。

そして常に必要なのが
アクノレッジメント(存在承認)

究極の承認とは「仏性礼拝行」のこと

孤独からの脱出方法も
存在承認(仏性礼拝)していくことが近道

人が寄ってくる人になりたいなら
良い香りを漂わせ
甘い蜜を出せばいい。

どうやるの?
承認でしょ!

 

「良いとこ探し」を使って
イジメっ子が悪口をやめて
家に遊びに来いよ
と言わせるまでになった体験
も同じ構造だなと

 

彼の存在そのものを承認する(方向の)発言をつづけることで、悪口を言う気を消してしまった。
そして彼もおれの良いところを言うようになった。

 

承認は伝染する! (๑•̀ㅁ•́๑)✧キリッ!

 

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