【魂年齢】老年期の生き方のすごい解説

Sound of Silence

老年期っぽい人はどう生きれば良いのか。

すごく納得の行く解説をみつけたので、
老年期のひとにはオススメです。

老年期じゃない人にはさっぱりわからないのでスルーで。

まずは、過去エントリーの振り返り資料をざっと。

【資料】老年期の魂【魂のチャート】

  • のんきで寛容、思いやりがある
  • しばしば無害な風変わり者にみえる
  • 引っ込み思案で気難しい人の場合もある
  • ときには怠け者と見なされ、本人もじっさいやる気はない
  • 莫大な財産を築いている人がいる一方、高等教育に関心がなく貧乏であったりもします

やる気が無いので如何ともし難いわけです。

もうひとつ復習

「老年期の魂」タイプ

様々な人生を経験してきた老年期の魂は内面的には豊かで賢いけれど、行動を重視する物質主義の世界では、あまり評価されない傾向にあります。

→これがほんと困る(笑)行動がにがて。めんどくさくて(涙)
働きたくないでござる。

老年期の魂は、すべてを知り尽くしているので怠惰な生活を好む傾向にもあります。

→ダラダラしてます。

老年期の魂は自分のいる世界と充分に調和できていないため、自分自身をどう表現すればよいのかを見極めるのに時間がかかってしまいます。

→40歳すぎまでかかる

そして物質世界に、あまり注意を払わないので経済的には、それほど豊かでない場合が多くしっかりとした地位につけない場合が多いのです。

→社会的地位もなく給料も安い(笑)

このような理由からこの魂は地球では自尊心が低く臆病になったり、自分を低く評価してしまうのです。

→まあそれが望みだったということ。
やる気ないし、妙に悟ってるのでやりづらいやつなのです。


そして是非参考にしたい記事がこちら。

【霊視カルテ】苦しみのみを与え続けられた魂の発展と成長

http://www.hair-lr.com/kazumi/index.php/view/485
L/R Group スピリチュアル・カウンセラー Kazumi(椋木和美)

魂のチャートとはまた違った言葉で語られているので最高です!

≪魂の性質≫

あなたの魂と身体には、心をコントロールするエネルギーが宿っています。

あなたは、自分の心を、他人の心の様に扱います。いつも自分を客観視し、自分の心に何が生まれているのかを常に感じ取ります。

あなたの心は感情を完全に支配し、むしろコントロールされ過ぎて、大きな感情を生むことが難しいくらいです。

冷静になろうという意識が強いです。

いつもどこかで自分を見ています。
自分という人間の人生を観察してます。

子供の頃から意識的に「感情を出す」練習をしてます。
意識しないと感情がオモテにでてこないんです。

今では割りと普通の人間っぽく出せてると思います。

あなたは、人には偏見を持ちません。しかしそんな自分の正義感をふりかざし、世の中に正しさを訴えることはありません。

それは、あなたが意識的に差別なく人をみようと努力しているのではないからです。

あなたは、先入観でものごとを判断することが出来ないのです。あなたにとっては、正しく生き、差別なく在り続けることは当たり前なのです。

差別や偏見を持つ人にも、あなたは怒りを生みません。まだ、そうある姿が真の自分の姿ではないと知らないだけだと、全ての魂を信頼し、導こうと心より祈るのです。

あなたの力は、自他を信じる力です。過信もなく劣等感もない魂は、ただ光輝く試練や喜びに向かって歩もうとします。それが、あなたです。

自分の場合は、昔は差別心は合ったと思います。
区別心ともいえるかもしれない。

過信も劣等感もありました。
40歳をすぎて徐々に減ってきたかもしれません。

なんとなく、自分は老年期の序盤戦にいるような気がします。

あなたの才能は、あらゆる管理です。
土地を管理する、お金を管理する、人材を管理する、会社を管理する、心を管理する。

細部にわたる観察力と、先を見通す力、そして、感情を絡ませない判断力によって、ありとあらゆる管理は、あなたの得意分野となるでしょう。

「管理が得意」というのは気づきませんでした。

めんどくさいことがキライなので。

管理している人に助言をするのは得意です(笑)


<魂のクセ>

本当の意味において、他のために出来ることはありません。他は自分自身で生き、学ばなくてはならないからです。

しかし、これはある意味では不正解なのです。

あなたのような魂は、指し示されるものが何もいらないでしょう。しかし、未だ経験が足りず苦しむ魂には、出来ることはあるのです。

苦しむ魂には、あなたが『わたしにはなにもしてあげることはない』と悟っていることを、『冷たく、淋しく、差別される世の中』だと写るのです。

変に達観しているので、冷たい人と思われます。
それは半分正解で半分不正解であるようです。

あなた一人で悟った心境は、あなたのような叡智のある魂のなかでだけ通じる悟りです。しかし、あなたは、多くの魂と共存しているのです。

あなたは、何もできない、すべきではないと感じつつ、他を支えようと他を観察し続けているのです。

そうなんです。

手を出さないけど、観察は(無意識に)ずっとしているのです。


≪今世のテーマ≫

あなたが自分の悟りに沿って生きれば、アクのない、良心的で、正しい生き方を選ぶことになるでしょう。

しかし、あなたは発展と挑戦を強く求めています。

正しく存在する象徴とも言えるあなたが、自分の永年による魂の悟りに折り合いをつけいかにアクのある生き方が出来るかが今世でのテーマとなります。

魂の悟りがあるからこそ、いかにその逆を行けるか!?

という衝撃のテーマw

アクのある生き方ってなんだろ?

アクのある生き方は、あなたからすれば、魂が自分の“我”や“感情”をありのまま出すことでもあります。しかし、あなたは魂の経験により、この“我”や“感情”をコントロールし過ぎてしまったのです。

あなたは、神ではありません。しかし、神のような生き方をいとも簡単に真似しようとしています。けれど、あなたは人間であるかぎり、神にはなれないのです。きっと、魂のテーマを神のような崇高なものであると願うでしょう。

自分の口癖に「あ~仙人になりてぇ~」というのがあります。
最近では「あ~守護霊になりてぇ~」「あ~土地神になりてぇ~」
もう神になりたんですよね(爆)

でもたぶん、仙人とかの経験はやり終わってるんじゃないかと感じます。

山の行より里の行、といのが今回のチャレンジなんじゃないかと思ってました。

しかし、真の神の生き方とは、導く人間に対し、多くの試練や学びを与えることでもあります。

あなたが、神の様に在り続けようとしたのは、あなたが神のような力を持ち、世の中を美しく変えたいと思ったからなのです。

真にそれを望むのであれば、まず、神のようにあることが、今のあなたが感じているような美しく壮大な力ではないと、気付くことが始まりとなります。

神仏は楽しいことだけでなく苦しいことによって教えようとしますよね。
これは気づいていたかもしれません。

あなたは、自分のアク(我や感情)を人工的に創り、アクを装い、悪にもなり、他の魂を大きく導かなくてはならないのです。あなたが神の様に生きてきたことの意味は、悪魔にもなれるということなのです。

これ!

小学生の頃から「汚れよう」という意識があったことを思い出します。
きれい好きではいけない。
汚れでいなければならない。

そのコロモを自分自身だと思いこんで、
内にある聖な自分が違和感をもつ。

そういう謎が解けてきて、
自分は自分という役を
演じているのだと気付くに至りました。
なにしろ、ちょっと気を緩めると、清らかで真面目な自分が出てきてしまう。

それは駄目だとなぜか思ってました。

今思えば、現世に溶け込めなくなると思っているから、なんだと思います。

あなたは、あえて、誰かに試練を与え、気付きを与えるために、役者にでもなったように、悪役をかって出るのです。

汚れようとする自分自身に対する違和感は、長者窮子のたとえで説明されていて、あそうそう!そうだよね!、みたいな感覚になりました。

長者窮子(ちょうじゃぐうじ、信解品)

ある長者の子供が幼い時に家出した。彼は50年の間、他国を流浪して困窮したあげく、父の邸宅とは知らず門前にたどりついた。父親は偶然見たその窮子が息子だと確信し、召使いに連れてくるよう命じたが、何も知らない息子は捕まえられるのが嫌で逃げてしまう。長者は一計を案じ、召使いにみすぼらしい格好をさせて「いい仕事があるから一緒にやらないか」と誘うよう命じ、ついに邸宅に連れ戻した。そしてその窮子を掃除夫として雇い、最初に一番汚い仕事を任せた。長者自身も立派な着物を脱いで身なりを低くして窮子と共に汗を流した。窮子である息子も熱心に仕事をこなした。やがて20年経ち臨終を前にした長者は、窮子に財産の管理を任せ、実の子であることを明かした。この物語の長者とは仏で、窮子とは衆生であり、仏の様々な化導によって、一切の衆生はみな仏の子であることを自覚し、成仏することができるということを表している。なお長者窮子については釈迦仏が語るのではなく、弟子の大迦葉が理解した内容を釈迦仏に伝える形をとっている。
Wikipedia

清らかで、万能で、超越的であっては、地上での共同生活を送る意味がない。交わらなければならない。

何やってもパッとしないダメ人間(笑)という衣をまとわなければならない。

あなたにとって、魔術とは、“心を管理する術”を他へアクをもって伝えるという仕事としてなされるでしょう。

「心を管理する術」

それはなんだろう?

それは

仏教であり
アドラー心理学であり
コーチングであり
カウセリングである

といえるかと思いました。
そういう考え方、マインドセット、スキル、を求めている自分がいて
それを使ったり伝えたりしていると思います。

「アクをもって伝える」

本質的にいえば
苦しんでいる人は、
苦しんでいることがいいのであって
苦しめばいい。
という身も蓋もない冷たいようなこともわかってきてしまいます。

でも自分もダメだしそれを何とかしようとする肉体を持つことで、もう少し「伝わる」言い方=「方便」を使えるようになる、と。

ずっと「方便」にこだわっているのは、それが自分のテーマだからかも。

真理は劇薬。
薄めて飲まないと毒になる。

自分は濃い目で提供しがちかも(笑)

 


まとめ

つねにある「変人でありたい」という意識は
「アクが強い」人間で在ろうとする意識のことか。

聖人ではみんなに近づけない。

おなじ場所で暮らさないといけない。

同じ悩みを抱えていなければならない。

地涌の菩薩でなければならない。

長者のままでは窮子にあ会えない。

泥の中から生まれ、泥の中で育ち、なおかつ
その場で花を咲かせる蓮華のようでなければならない。

そんなかんじで老年期の魂の生き方を再確認できたのかなと思います。

 


ぜひこちらへ
かなりおもしろい

Kazumi’s Side

http://www.hair-lr.com/kazumi/index.php

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